歴史

祝融山 法岩院は天文11年(1542年)に創立された曹洞宗の寺院です。開基(寺院の創建に尽力した資主)が千葉氏末裔の芝原城主 河村出羽守勝融、開山(初代住職)が雪田真良和尚であり、何度かの罹災を経て、明和元年(1764年)現在の場所に移転したとされ、その後は。周囲に水田がひろがっているところから田寺と呼ばれていました当山は新四国相馬霊場第51番礼所にもされており、境内には六地蔵菩薩像、聖観音菩薩像が、また本堂内には本尊・釈迦如来、伽藍祖師、開山像、韋駄天像、そして当山の守護神、道了尊像が安置されています。道了尊は相模の大雄山最乗寺の守護神で、法岩院は最乗寺の輪番寺として深い関係がありました。堂内にみる羽根団扇型灯明台は、天狗といわれる道了尊にちなむものです。

法岩院 正面
法岩院 正面

ごあいさつ

昌樹住職
昌樹住職

~住職より~ 
皆々様におかれましては日頃、菩提寺護寺に大変ご協力を賜り誠に有難うございます。
 昭和五十三年九月先代様が亡くなって以来、法岩院住職を拝命し今日に至っております。
 平成の時代に入って三十一年、時代はめまぐるしく移り替わり令和となりました。当山も、平成二十五年の四月に副住職が大本山総持寺より修行を終え戻ってまいりました。その年の十月に福井県の大本山永平寺、十一月には大本山總持寺にて、両祖さま(道元禅師様、瑩山禅師様)に「無事、師匠より法(仏さまの教え)を授かりました。これからも日々精進していきます」というごあいさつの儀式(瑞世<ずいせ>)を勤めさせていただきました。その後、共に日々修行に精進しております。
 皆様にはあたたかく時には厳しく見守っていただき、偉くなく有難い住職と言われるよう、更なる精進を積み重ねて頑張ってまいります。
 皆々様には、ご指導ご鞭撻をよろしく御願い申し上げます。

祝融山法岩院 山主  川 村 昌 樹 合掌


明生副住職

~副住職より~  
 平成二十五年に大本山総持寺での修行生活を無事に終え、法岩院に戻ってはや六年たちました。時のたつのは早いものです。私がここまで来れたのも師匠である父、家族をはじめ、各地区の役員、檀信徒の皆様の温かいご支援とご協力があったからだと修行道場を出るときに、改めて感じました。現在は法岩院が自分の生活の拠点となり、新たな修行の毎日をおくっております。私は総持寺での修行中、携帯電話もテレビもない一切外の情報が入ってこない環境で、与えられた業務をただひたすら一生懸命にこなすという日々を送ってまいりました。しかし逆に言えば、余計な事は心配せずにその業務に一心に臨むことができるというとても貴重な体験をすることができました。そして、一日懸命に勤め、疲れ切った体で頂く必要最低限の食事はとてもおいしく、感謝の意でいっぱいでした。大本山総持寺での日々も法岩院での日々も多少の違いはありますが、「一日を懸命に勤め、一日に頂く食事に感謝する」ということは変わりません。私はこれからの日々も精進して勤めていく次第ですので、どうか今後ともよろしくお願い申し上げます。

 副住職 川 村 明 生 合掌